泥んこ田んぼ体験文コンクール優秀作品 (体験文コンクールで農業の大切さを再確認) 泥んこ田んぼを経験した園児たちがっ小学校4年生になった時に、当時の思い出を作品にしてもらおうというのがこの企画。 対象者にダイレクトメールを送り作品を募集。集まった作品を青年部員が審査し、表彰式を行っています。 作品には楽しかった思い出に小学校4年生としての農業に対する考え方が加えられ、子供たちの成長の様子が読み取れる楽しい 作品ばかりです。 また、中には農家へのエールが書かれたものもあり、青年部員が下元気付けられることもたびたびあります。 このような高山地区行うこの2つの事業は、長いスパンで結ばれた農業理解・農業アピール事業なのです。 どの作品も甲乙つけがたくその中で下の4名の方が最優秀として 表彰されました!!副賞はりんごの木のオーナー1年分です!!『お米のおかげ』 東小学校 四年三組 高山市三福寺町 渡辺 麻衣子 わたしたちは、お米や野菜のおかげで生きています。そのお米や野菜がなくなったら、わたしたちはどうなるのでしょう。 もちろん栄養がじゅうぶんにとれないでしょう。生きていけないかもしれません。 わたしのおじさんが農業をやっているので、田んぼへついていった時があります。そこでわたしは、いねかりの後に コンバインから出た、細かいわらをひろげる手伝いをしました。来年のひ料になるっていうことを、はじめて知りました。 それから、お父さんに、今と昔の米の作り方のちがいを聞きました。昔は、いねかりは、かまでかって、 はさにかけてほしたそうです。そして、だっこく機で、もみとわらに分けました。今は、全部コンバインという機械ですむそうです。 それから、米という字は、『八』『十』『八』に分かれます。つまり、八十八もの作業をして、はじめて米になるのだそうです。 そんなにたくさんの作業をしなければならないなんて、とってもたいへんだなあと思いました。 外国では、戦争でご飯を食べられない人や、お金がなくて何も食べられず、死んでいく人だっています。それにくらべて、 わたしたちは、おいしいご飯が食べられます。だから、農業をやっている人たちに感しゃしないといけません。 そして、お米や野菜にも感謝して、残さず食べようと思います。 『パンよりご飯が好き』江名子小学校 四年○組 高山市江名子町 福田 紗世 私の家では、おじいちゃんが米やもち米を作っています。私たち家族においしくて安全な米を食べさせようと、あまり薬を 使わないで田んぼの草をとって一生けん命作っています。 私も保育園で「どろんこ田んぼ」で田植えやいねかりをしたけど、とってもたいへんでこしはいたいし、いねは重くてえらかったです。 それまで給食で出たご飯を、食べかけで残したり、食べたあとちゃわんについていても気にならなかったけど、田んぼで米を作ってから、 一つぶ残らず食べるように努力しています。 私の家族は七人家族で、家中パンよりご飯が好きなので、米びつの米がすぐなくなります。 私は学校から帰ってくると、すぐ自分でおにぎりを作ります。自分で作ったおにぎりは特においしいです。 米は体にいいので、今はおにぎりしか作れないけど、これからは、私も、いろいろ勉強して、いろいろな種類の料理を作りたいです。 私の家族は海外へ旅行に行った時、米を食べたら、パサパサしておいしくなかったそうです。 私たちは、日本の米の、ねばりけのある、おいしいご飯が食べられて、とつても幸せです。 これからも、健康で、安心して食べられる米を、ずっと作り続けてもらいたいです。 そして、みんなにお米を、いっぱい食べてもらいたいです。『どろんこ田んぼ』 江名子小学校 四年○組 高山市江名子町 大田 恵美 わたしはどろんこ田んぼの日、おにいちゃんみたいに、どろんこまみれになってみたいなあと思いました。もしまちがえたらどうしよう、 ころんだりしたらどうしようと思いました。 どろんこ田んぼをやるとき、おとうさんがきてくれてビデオをとってくれました。わたしは、お父さんがきてくれたので、なんかすごい うれしい気持ちになりました。ビデオにむかってピースをしたりして遊んでいました。田うえの時もころばすしっかりできて、ぶじにおわりました。 いねかりがたのしみです。 いねかりの日は、みんな先生に、 「いらないふくをきてきてね」と言われたので、みんなぼろいふくばかりでした。わたしは一人のおじさんにいねかりのやり方をおしえてもらいました。 小さいころは、かまできるのが大へんだったけれど、もうわたしは四年生で、もうちょちょいのちょいで、いねをきってしまいます。 でも、なんか小さいころが一番たのしかったです。いろいろくべつなことがあって、自由にあそべる。今ではべんきょうばっかですけど、 今でも保育園のことを思い出すと学校もたのしいです。あのころの時のことが、わたしの心をささえてくれてます。『田植えの思い出』 三枝小学校 四年一組 高山市下切町 下山 しゅう平 青年部のおじさん、お手紙ありがとうこざいました。ぼくは、四年生の下山しゅう平と言います。もう、あれから四年もたちます。 元気でいらっしゃいますか。ぼくは、おじさんたちの作ったお米や野菜のおかげで毎日元気です。田植えの話に入りましょう。 あの時、ぼくは朝からこうふんして、 「早く行きたいな。まだかな、バス」と、はしゃいでいました。 そして、バスが来てバスに乗り、保育園に行きました。バスをおりました。ぼくは、わくわくして教室に入りました。みんなも、 楽しみでたまらないのか、いろいろはしゃいでいました。 そして先生が、「はい、みんな行くよ。用意してね」と、言いました。 みんな、わくわくしながら用意しました。そして田んぼに行き、 「おねがいします」と、おじさんたちにあいさつをしました。 まず田んぼの土をならしました。その時、こけてしまったので、おじさんが助けてくれて、顔をふいてくれました。 とってもうれしかったです。 土がなれたので、なえを植えました。ぼくは、お米がこんなにちっちゃいなんて、びっくりしました。 みんな、おじさんたちに教えてもらいながら、なえを植えました。 ぼくは、始めより何倍も田植えがうまくなったように思いました。そして、早くいねが見たいなと思いながら、 「ありがとうございました」と、あいさつをしました。 秋になり、いねかりをする日になりました。ぼくは、あのなえがどうなっているか楽しみで、教室に入っても、 みんなと大喜びで話していました。 先生が来て、みんなといねかりの用意をして、田んぼへ行きました。 今度はみんな、いねかりをおじさんたちにならいました。ぼくは、あのなえがこんなに大きくなってとってもうれしかったです。 おじさんたちにならってやったら、すごくきりやすかったです。 ぼくたちは、「ありがとうございました」と、心をこめておれいをしました。とっても楽しかったです。 これからも、おいしいお米や野菜を作りながら、長生きしてください。