冬の飛騨高山は、凛として美しい。雪の中で見る古い商家の格子や柱は しっとりと雪黒く塗れまるで黒絵を思わせる情景だ。だが、暮れも近づく頃になると、 モノトーンの世界に色を添える華やかな花餅が出回る。 「寒さの厳しい飛騨では、冬は花が少なくなります。そのため、 餅を小さく切って木の枝に巻き付け、花に見立てて飾っていたんです」 由来を説明してくれたのは、小屋垣内 秀之(こやがいと)さん(63歳)。 今では、東京からも注文がくるほどで、毎年12月24日からは一家あげて 花餅作りに追われるという。小屋垣内さんは飲食店や旅館・ホテルなどに 納める。大きな花餅を手がけることも多い。人の背丈ほどあるものは 出来上がるまでに、大人4人がかりで約3時間かかる。紅白の餅を等間隔に、 乾いてもずれないように、しっかりと枝に巻きつけるのがコツだ。 しかし、あくまでも花のつぼみのようなふっくらとした感じを残して おかなければならない。 花餅は明治時代には、枝に餅を丸めて付けた繭玉のような形で、壁に掛ける スタイルだった今のように切り株の置物になったのは、戦後のことだったという。 かつては冬の間中、床の間に飾っておき雛祭りには枝から餅をはずし、アラレにしたそうだ。 小屋垣内さん、頼まれて花餅を作るようになってから33−34年経つ。 毎年11月中頃になると、土台となる切り株を探しに行く。適材は通称カスグスギ (ネジキ)と呼ばれる広葉樹。丈夫で、枝も折れにくい。 「うちは自然の形そのままの株を使うので、水を張った水盤に浸しておくと 春には新芽が出ます。秋になると、紅葉も楽しめるんですよ」最近は、 なかなか形のよい切り株が見つからないのが悩みだ。 朝市に花餅が並ぶ頃は、正月支度に忙しい。 新春を迎えるとはいうものの、雪の季節もこれからである。